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京都地方裁判所 昭和31年(ワ)1256号 判決 1966年6月01日

原告

伊藤精人

右訴訟代理人

松浦武二郎

右同

杉原辨太郎

被告

佐々木三郎

右訴訟代理人

田辺照雄

主文

被告は原告に対し金三、八〇〇円および昭和二九年一二月一日より同三七年三月二二日まで一カ月金六、一〇〇円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告、その一を被告の負担とする。

本判決第一項は仮りに執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、別紙目録記載の家屋(本件家屋)を明渡し、昭和二八年一〇月一日より同三一年六月末日まで一カ月金六、一〇〇円、同三一年七月一日より右明渡済まで一カ月金一三、〇〇〇円の各割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)「訴外尾沢栄重郎は、その所有の本件家屋を被告に賃貸していたところ、原告は、昭和二二年九月三〇日、尾沢栄重郎より本件家屋を買受けてその所有権を取得し、昭和二二年一〇月四日、所有権移転登記を受け、本件家屋賃貸人の地位を承継した。

(二)(1)  被告は、昭和二七年一〇月一五日、訴外武田龍造が代表取締役であり、かつ同人の個人企業的色彩の強い訴外武田株式会社(武田会社)に対し、本件家屋中階下店舗部分を転貸した。

(2)  原告は、被告に対し、被告が本件家屋で武田龍造と婦人子供服販売の共同経営をすることを承継した。

(3)  しかし、原告は、被告に対し、転貸の承諾をしたことはない。

(4)  被告は、武田会社に対し出資をすることなく、武田会社より利益の配分としての配当にあづかることなく、武田会社の代表取締役となることなく、単に昭和二八年三月三〇日から同年七月五日まで武田会社の取締役であつたにすぎないのであつて、被告は、武田龍造と共同経営をしていない。

(5)  仮りに、原告が転貸を承諾したとすれば、要素に錯誤があるから、無効である。

(6)  そこで、原告は、被告に対し、昭和二八年一〇月二日発信翌日到達の内容証明郵便をもつて、無断転貸を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(7)  したがつて、本件賃貸借契約は、昭和二八年一〇月三日解除により終了した。

(三)(1)  原告は、昭和二八年一〇月一日、武田会社の代表取締役である武田龍造に対し、本件家屋を売渡す契約を締結し、被告に対し、昭和二八年一〇月一〇日発信その頃到達の書面をもつて、本件家屋を武田龍造に売渡した旨通知した。

(2)  原告は、武田龍造に対し、昭和三一年六月二八日発信その頃到達の内容証明郵便をもつて、代金不払を理由として本件家屋売買契約を解除し、武田龍造は、被告に対し、昭和三一年七月二三日発信その頃到達の内容証明郵便をもつて、原告と武田龍造との間の本件家屋売買契約が昭和三一年六月二九日解除となつた旨通知した。

(四)(1)  本件家屋の約定賃料は、昭和二七年八月一日より一カ月金一〇、〇〇〇円、昭和二八年一月一日より値上げして一カ月金一三、〇〇〇円であり、原告は、右約定賃料を昭和二八年九月末日分まで被告より受領している。

(2)  本件家屋の店舗部分は、七坪以上一〇坪以下であり、本件家屋は、昭和三一年六月末日まで地代家賃統制令の適用があり、その昭和二七、八年当時の家賃統制額は一カ月金六、一〇〇円であつた。

(3)  昭和三一年七月一日の右統制令の適用除外の改正と同時に、一カ月金一三、〇〇〇円の約定賃料は、契約本来の効力を発生するにいたつた。

(4)  原告は、被告に対し、昭和三七年三月一六日発信翌日到達の内容証明郵便をもつて、延滞賃料金一、一〇六、〇〇〇円(昭和二八年一〇月一日より昭和三一年六月三〇日まで一カ月金六、一〇〇円の割合による三三カ月分金二〇一、三〇〇円と昭和三一年七月一日から昭和三七年二月末日まで一カ月金一三、〇〇〇円の割合による六八カ月分金八八四、〇〇〇円との合計)(したがつて、金一、〇八五、三〇〇円の誤記)を書面到達後五日以内に支払うことを求め、右期限までに支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をした。

(5)  被告は右催告に応じなかつた。

(6)  したがつて、本件賃貸借契約は、(一)の(6)の解除が無効であつても、昭和三七年三月二二日かぎり解除により終了した。

五 よつて、原告は、被告に対し、本件家屋の明渡と昭和二八年一〇月一日より同三一年六月三〇日まで一カ月金六、一〇〇円の割合による、同三一年七月一日より右明渡済まで一カ月金一三、〇〇〇円の割合による賃料および賃料相当損害金の支払を求める。

六 被告主張の抗弁事実中、五の(3)の事実は認めるが、その余の事実は争う。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、敗訴の場合の仮執行免脱の宣言を求め、答弁として

「一、原告主張の事実中、一、二の(1)、(2)、(6)、三の(1)、(2)、四の(1)、(2)、(4)の事実は認めるが、その余の事実は争う。

二(1) 被告は、本件家屋店舗部分を武田会社および武田龍造に転貸したが、それは、被告と武田龍造との共同経営の一型態であつて、原告の与えた承諾の範囲に属する。

(2) 被告と武田龍造との共同経営の内容は、武田龍造が代表取締役として経営する武田会社に、被告が参加して衣料品の販売等を行うという大綱が両者間に約され、その詳細な取決め(株式の取得・利益配分等)は一応一年間の運営をみた上で定めることとし、とりあえず、被告は、武田会社の支配人となり、更に昭和二八年三月二〇日取締役に選任されて専務取締役の地位につき、武田龍造が仕入、販売、被告が帳簿、伝票の作成等の内部事務、倒産取引先との決済というように仕事を分担していたのである。

三 原告は、被告に対し、昭和二八年一〇月一〇日発信の書面をもつて、無断転貸を理由とする解除の意思表示を撤回した。

四 昭和三一年七月一日の統制令の適用除外の改正と同時に、本件家屋の賃料が当然に一ケ月金一三、〇〇〇円となる理由はない。

五(1) 原告主張の(四)の(1)の支払賃料(昭和二七年八月分より同二八年九月分まで)中、統制額一ケ月金六、一〇〇円を超過する分(合計金八一、六〇〇円)は、被告において、その統制額超過であることを知らないで、支払つたものである。

(2) したがつて、被告は、原告に対し統制額を超過する金八一、六〇〇円の返還請求権を取得した。

(3) 被告は、原告に対し、昭和三六年四月二〇日発信その頃到達の内容証明郵便をもつて、右統制額超過金八一、六〇〇円を自動債権として原告の賃料債権と相殺する意思表示をした。

六(1) 原告は、昭和二八年一〇月一日、本件家屋を武田龍造に売渡し、それによつて、以後、本件家屋店舗部分を被告に使用収益させなくなつた。

(2) 本件家屋店舗部分は九坪であり、その相当賃料は一カ月金九六三円(本件家屋の統制額金六、一〇〇円、本件家屋の坪数五六・七坪)である。

(3) したがつて、被告は、原告に対し、本件家屋店舗部分を使用収益させる義務不履行による損害賠償として、昭和二八年一〇月一日から一カ月金九六三円の割合による債権を取得した。右損害賠償債権の昭和二八年一〇月一日から昭和三七年二月末日までの分の合計は金九七、二六三円である。

(4) 被告代理人田辺照雄は、昭和三七年三月二〇日、口頭で、原告代理人杉原辨太郎に対し、右損害賠償債権の一部金九三六、〇〇〇円をもつて原告の賃料債権と相殺する旨意思表示をした。

七 したがつて、原告の催告に対し被告の支払うべき賃料額は、金六、一〇〇円の一〇一カ月合計金一、〇八五、三〇〇円より(五)の相殺額金八一、六〇〇円と(六)の相殺額金九三、六〇〇円とを差引いた金四三八、二〇〇円である。

八 被告代理人田辺照雄は、昭和三七年三月二〇日((六)の(4)の相殺と同時)、口頭で、原告代理人杉原辨太郎に対し、被告の支払うべき賃料額として金四五二、五七〇円(この額は計算の誤りによるもの)を提供したが、原告代理人は、原告催告金額でなければ受領できないと述べ、受領を拒絶した。

九 したがつて、原告主張の解除はいずれも無効である。」

と述べた。

証拠<省略>

理由

原告主張の一、二の(1)、(2)、(6)、三の(1)、(2)、四の(1)、(2)、(4)の事実、被告主張の五の(3)の事実は、当事者間に争がない。

まず、無断転貸を理由とする解除の主張について判断する。

家屋賃借人乙が、賃貸人甲に無断で、賃借家屋の全部または一部を、丙の個人企業的色彩の強い丁株式会社(代表取締役丙)に転貸した後、甲が、丙と、賃貸家屋を丙に売渡す契約を締結した場合、特別の事情のないかぎり、甲丙間の売買契約によつて、甲は、丁会社代表者丙に対し、乙丁間の転貸に対し承諾を与えたものと解し、乙丁間の無断転貸を理由とする賃貸借契約解除権は消滅するものと解するのが相当である。

したがつて、特別の事情の認められない本件において、その余の判断をなすまでもなく、原告が、武田龍造と本件家屋売買契約後になした、無断転貸を理由とする解除は無効である(本件においては、原告は、本件家屋を武田龍造に売渡した旨被告に通知しているから、原告は、右通知により、被告に対しても、被告と武田株式会社間の転貸に対し承諾を与えたものと解しうる)。

前記設例の場合、その後、甲丙間の売買契約が解除されても特別の事情のないかぎり、乙丁間の転貸に対する甲の承諾は失効しないし、無断転貸を理由とする賃貸借契約解除権は復活しないと解するのが相当である。けだし、乙丁間の転貸がいつたん甲の承諾ある適法の転貸となり、無断転貸を理由とする賃貸借契約解除権が消滅した以上、甲丙間の売買契約解除によつて、第三者乙の既得の利益を害することができないからである。したがつて、仮りに、原告が、武田龍造との本件家屋売買契約解除後、改めて、武田会社に対する無断転貸を理由とする解除をしても、無効である。

つぎに、賃料不払を理由とする解除の主張について判断する。

甲が、乙に賃貸中の家屋を、丙に売渡し、その旨乙に通知したが、右売買による所有権移転登記をする前に、右売買契約を解除し、丙が、右解除の事実を乙に通知した場合、乙が、右解除の事実の通知を受けるまでに、賃貸人の地位が甲より丙へ移転したことを承認する意思表示をしないかぎり、乙は、賃貸人の地位が甲より丙へ移転したことを主張できないと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、被告が、武田龍造より売買契約解除の事実の通知を受けるまでに、賃貸人の地位が原告より武田龍造へ移転したことを承認する意思表示をしたことの主張立証がないから、被告に対する関係において、賃貸人の地位が原告より武田龍造へ移転したことにならないものと認められる。

したがつて、被告は、原告に対し、昭和二八年一〇月一日より賃貸借契約存続中本件家屋賃料支払義務がある。

地代家賃統制令によつて無効となつた家賃の約定が、統制令の適用除外の改正により、自動的にその効力を発生すると解することはできない。原告の四の(3)の主張は採用できない。

したがつて、原告催告の昭和二八年一〇月一日より同三七年二月末日までの本件家屋賃料額は、一カ月金六、一〇〇円である。

被告主張の五の相殺の抗弁に対する判断。

被告本人の供述(第二回)によれば、被告主張の五の(1)の事実を認めうる。

賃貸人が、地代家賃統制額超過の賃料を、統制額超過の事実を知らないで支払つた場合、賃借人は、賃貸人に対し、統制額超過支払金返還請求権を取得すると解するのが相当である。

相殺の自動債権額が受動債権である賃料債権額より少額である場合、順次に、古い月分の賃料債権より、相殺により消滅する、と解するのが相当である。

したがつて、被告主張の5の(3)の相殺によつて、昭和二八年一〇月分より同二九年一〇月分までの賃料金七九、三〇〇円と同二九年一一月分の内金二、三〇〇円の賃料債権は消滅した。

被告主張の六の相殺の抗弁に対する判断。

原告が被告に賃貸中の本件家屋を武田龍造に売渡しても、それによつて直ちに賃貸人の賃貸物件を使用収益させる義務が不履行となるわけはなく、被告が本件家屋店舗部分を使用できないのは、原告が本件家屋を武田龍造に売渡したからでなく、被告が本件家屋店舗部分を武田龍造および武田会社に転貸したからであり、被告は、転借人に対し、転貸中は、転貸料の支払を求める権利があり、転貸借契約終了後は、転貸部分の明渡と明渡済までの転貸料相当の損害金の支払を求める権利を有する筋合である。被告の(六)の主張は採用できない。

したがつて、原告の催告に対し被告の支払うべき廷滞賃料額は、昭和二九年一一月分の残金三、八〇〇円と同二九年一二月分より同三七年二月分までの一カ月金六、一〇〇円の割合による八七カ月分金五三〇、七〇〇円との合計金五三四、五〇〇円である。

成立に争ない甲第一二ないし第一四号証、証人田辺照雄の証言によれば、被告主張の八の事実を認めうる。

被告が催告期間内に原告に提供した金額(四五二、五七〇円、ただし四三八、二〇〇円の計算誤り)は、実際の賃料債務額(五三四、五〇〇円)より不足しているが、原告は、催告期間内に、被告に対し、催告金額全額(一、一〇六、〇〇〇円ただし一、〇八五、三〇〇円の計算誤り)でなければ受領しない意思を明示したのであるから、賃料不払を理由とする解除は無効である。

よつて、原告の本訴請求は、昭和二九年一一月分の賃料残金三、八〇〇円と昭和二九年一二月一日より同三七年三月二二日まで一カ月金六、一〇〇円の割合による賃料の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、仮執行免脱宣言の申立は相当でないものと認めこれを却下し、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(小西 勝)

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